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2006年12月04日
最終戦、高木琢也監督が見せた「男気」
第52節対愛媛戦の82分、横浜FC・北村知隆が相手DFからボールを奪い、絶好のチャンスを迎えるが、直前のプレーでファウルを取られてしまう。
そのジャッジを不服に思った高木監督はベンチ脇にあったペットボトルを蹴り上げ、退席処分を受けることとなってしまった。
1年間の最後の瞬間にベンチにいることができなくなってしまった高木監督だったが、その行為自体に「反省はしているけど、後悔はしていない」と胸を張った。
2点をリードして迎えた残り8分。試合の大勢はほぼ決していた状況。しかも、前節でリーグ制覇、そして念願の昇格を決めており決して激昂する理由はないと思われた。
だが、高木監督は話す。「あれが北村でなかったら、(ペットボトル)を蹴っていなかった」と。
「北村はチームにとって特別な選手だから…」と言葉を震わせた。
北村知隆は01年に四日市中央工業から横浜FCに入団。
チームとともに三ツ沢で成長をしてきたいわばクラブの「顔」的選手である。
絶対的なレギュラーではなかったものの、真面目な性格で練習から手を抜くことなく、ゲームでも献身的なプレーをできる選手であり、高木監督はベンチに彼を入れることが多かった。
また、飾ることなく、明るい性格で「いじられキャラ」としてチームのムードメーカーであり続け、32試合2ゴールという数字以上にチームのJ2制覇に貢献した選手であった。
しかし、最終戦を前に北村はクラブから戦力外を通告されてしまう。
サッカー選手として生まれ育った三ツ沢でのラストゲーム。
それだけに「北村に決めさせたかった」という気持ちが高木監督には強かったという。
79分から投入された北村は積極的なプレーを連発。それで得た「最後の」チャンスだっただけに高木監督は熱くなることとなったのだ。
高木監督は「必要な」選手としながら、クラブは戦力外と判断。
監督として北村を守りきれなかった悔しさもあり、それだけに気持ちも高ぶることとなってしまったのだろう。
退席処分を命じられた後、首に巻いたクラブマフラーを掲げてピッチを去った高木監督は「男気」にあふれていた。
卓越した戦術眼と研ぎ澄まされた勝負勘で横浜FCをJ2優勝に導いた高木監督だが、もっとも優れていたのは人心掌握術。
選手のためならば、自らの退席をも辞さないその姿勢が選手やスタッフの心を惹きつけ、チームをひとつにしてきたのである。
最終戦で見せた高木監督の行動にこそ、横浜FC躍進のすべてが包み込まれていた。
あるチームスタッフが語った。「来季は過去最高に大変な年になると思うけど、あの人をクラブ全体が信じてやっていければ大丈夫だと思いますよ」。
あの人、とはもちろん高木琢也監督のことである。
最終戦、ピッチを去る高木監督の背中を見て、その思いはさらに深まったことだろう。
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