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2006年12月06日
ギド・ブッフバルト、最後の「心を通い合わせる」戦いへ。
浦和に悲願のリーグ優勝をもたらしながら、12月4日に今シーズン限りでの辞任を発表したギド・ブッフバルト監督。埼玉スタジアムで行われた退任会見では下に記した全文を見てもわかるとおり、40分以上にわたって熱弁を奮った指揮官でしたが、中でも印象的だったのは「指導者として一番大切なことは?」という質問への反応でした。
その質問に対し、迷いなく「人間との触れあい」と返答した監督。今やアジア有数のビッグクラブとなった浦和にあっても実直な自分らしさを失わない姿勢に、初の監督経験ながら大きな成功を収めた秘訣が垣間見えました。
なお、その後行われた祝勝会でのスピーチにおいては、485名の招待客を前に「私たちにはまだ欲がある。天皇杯をとってお別れしたい」と連覇を誓ったブッフバルト監督。選手たち、そしてサポーターたちとの最後の「心を通い合わせる」戦いへ挑む指揮官のタクトに、改めて注目です。
<退任会見から>
藤口光紀代表より
「結論から申しますと、クラブとしては残念ながら、来年は契約をして頂けないことを、先ほど監督から正式に話を頂きました。我々としてもここまで成果を出してくれた人ですから、『さらにアジア、世界を目指して一緒にやっていこう』という話はしたのですが、本人の事情もあると思いますし、それは本人から話もあると思いますが、クラブとしても了承せざるを得ないということで、発表させて頂くことになりました」
ブッフバルト監督退任会見全文
「まず私を3年間信頼してくれたクラブに対して感謝したいと思います。それから、将来についてレッズがさらに信頼して将来を任せてくれるというオファーがあったことにかんしても感謝したいと思います。とはいっても、私はここで一度ブレイクしたいということです。
今回の結論に至った理由ですが、多くの理由があります。1つはもう既に皆さんが報道されていますけれども、プライベートなことがあります。もう1つの理由としては、1つのクラブで指導者として3年間、しかも結果を出しながら仕事ができて、そして自分の心はここにある。代表にも言いましたが『浦和は第二の故郷だ』という気持ちを今も抱いているからです。この3年間、最初は犬飼社長、森GMで、その後もしっかり引き継いでいってくれていますが、クラブはより一層発展していっていると思います。代表選手も複数名送り込むことができました。成績もいい結果を出してきたと思います。3年間私が監督を初めてやって、3年間このような結果を出してきたときに、『今後どうなっていくのか』という自問自答がありました。
この決断に至るまではかなりの時間を必要としました。クラブの方からは9月に『来シーズンも』ということでオファーを頂いていました。その時に考えたことは私がレッズを去った場合、クラブは大丈夫かということです。もちろんアジアチャンピオンズリーグには、指導者として、人間として挑戦したい気持ちはありました。ということでいろいろ考えましたけれども、このような決定に至ったわけです。
浦和レッズは『ここにあるべきポジション』にいます。いいチームになりました。素晴らしいコーチングスタッフ、数多くの代表選手、サッカーを取り巻く環境も整っています。それはアジアのみならず世界でも通用すると思います。今後もこれらのものがあれば、常に優勝を争えるチームに浦和レッズはなりました。こうして3年間、毎日ハードな生活を過ごしてきましたが、3年たったところで一旦このポジションから退いて、自分のやってきた3年間を振り返り、どういう点が足りなかったのか、次回指揮を執るときはどういう点を改善すべきかを、そのようなことを見つめなおす時間が(私にとって)必要になってきたわけです。ですので、今後の私の目標としては、次回指揮を執るときのためにしっかり分析して、身になるようにすること。それが一番になりますし、このようなことはどんな監督もやることだと思います。
本当に難しい決断でした。仕事をしていて楽しく、しかも結果を出し、環境もよく、なんといってもサポーターがいるクラブ。そのクラブを辞めることは本当に難しいですし、心も痛みます。ただ、逆に辞めるタイミングも今の時期ではないかと思いました。なぜなら、選手たちはそろってきました。将来を担える選手たちも育ってきています。さらにこの3年間一緒にやってきたコーチングスタッフ、ゲルト・エンゲルス、池田太、土田尚史、大槻毅もいる…。『辞めるのなら楽しいうちがいい』と考えた訳です。ですから私は今後、クラブがこのような3年間育ててきた財産をしっかりと発展させていくような方法をとってくれることを望んでいます。
その後きっと質問が出ると思いますので…。『辞めた後は何をするのか?』ということについては、体を休めることもありますし、他の国のトップクラブの状況も見ていきたいと考えています。あとはアメリカに渡って(94年)W杯のときにドイツ代表のコンディションを上げてくれたコンディショニングコーチも訪ねてみたいと思っています。私自身もどんどん成長していかなくてはなりません。
感謝しなくてはいけない方はまだたくさんいます。コーチングスタッフだけでなくメディカルスタッフ、チームスタッフのみなさん、あまり我々と接していなくても我々のことを支えてくれた人々。こういった人々への感謝の気持ちを表わすためにも、我々は天皇杯という次なる目標に向かって準備を進めていきたいと思います。
あと、年が経ってから私が浦和に来ることが多々あるかもしれません。その時には、ここは私の第二の故郷ということですので、びっくりしないようにしてください(笑)。
最後にこの場で1つだけ言わせて頂きたいことは、サポーターのみなさんへ。彼らには本当に感謝しています。この場で言うには少し早すぎるかもしれませんが、3年半の私の現役生活。そして3年間の監督としての生活を本当に支援、サポートしてくれました。浦和レッズのサポーターのみなさまには、この場で心から感謝の言葉を述べさせて頂きたいと思います。
メディアのみなさまにも心よりお礼を言いたいと思います。実はドイツで退任報道が伝えられた際は、(クラブと)最後の話し合いをしている最中だったのですが、私自身はドイツに帰る方向に傾いていました。その中でも『チームは大事な時期なのでリーグ戦に集中させてほしい』とみなさんにお願いしたことを受け入れてくれたことにも感謝しています」
(以下、質疑応答)
――「次回やるとしたら」という話があったが、またレッズから要請があったら戻ってくる気はあるのか?
「これだけの結果が出て、サッカーを取り巻く環境の素晴らしさを知っている所なら、働きたいとは思っていますし、自分としても自分の心の通っている所でなくては仕事をしたくないと思っています。もちろん、お話があった場合は一番仕事をしたいです。ただ、今の質問は時期が尚早すぎると思います。今『辞める』と言ったばかりですから(笑)」
――「9月にオファーがあってから(進退を)考えた」と言っていたが、自身で「今年を区切りにしたい」という考えはあったのか?
「契約を交わすときに自分の将来のことを考えるのは当たり前だと思っています。(進退を考えたのは)『ある時期』としか言えないですが、私は直感で判断するのではなく、周囲の環境や自分が辞めたときの影響を考えて決定しました。リーグ優勝をしたから辞めるということではありません。チームを取り巻く環境の中でどこまでできるかが大切です。逆に16位だったら私はどっくにこのチームをクビになっていたでしょうから」
――この3年間で勝者のメンタリティーをどうやって植えつけたのか?
「メンタリティーを植えつけるには一方通行ではいけません。相手に耳を傾けることがないとできないと思います。幸いにもそれはうまくいきました。もちろん選手を集中させることも大事ですし、また、個人もチームも大切な中で『何を理解させるか』ということも必要になります。そのために2・3個の言葉だけを使って、選手が理解できればこれほどいいことはありませんけれども、それでは(選手には)入ってこないと思います。勝者のメンタリティーを植え付けるには長い時間が必要でした。
そのために選手個々と話すことや、チーム単位で話すことが重要な事項となりました。選手に対しては『個人も大切だが、それ以上に必要なことはチームだということ』を話し、チーム単位においては『チームが成功を収めることによって、個人も成功を得られる』ということを話しました。チームとして勝者のメンタリティーを持つことは非常に大切です。その反面、選手一人ひとりが役割を理解すればチームとしてそのような意識を持つこともできます。それができれば勝者のメンタリティーはすぐになくなることはありません。次の監督がどなたであろうが、選手たちにはその意識を忘れてほしくないですね。
(勝者のメンタリティーを持つようになった)ターニングポイントはなかったですね。最初から成果が出ていたので。ただし今考えれば、1年目はリーグ戦をチャンピオンシップのPK戦で落とし、ナビスコカップも決勝にPK戦で負け、天皇杯は準決勝で負けた、というように『あと一歩』のところで落としたことがよかったのかもしれません。初めての年に全てうまく行き過ぎていたら、気持ちも浮ついたし、自己満足に陥ったかもしれません。その危険性があったのをアンラッキーな面がありながら落としたことが返ってよかったと思います。
私はいつも選手に『全ての試合は0から始まるのだ』と言います。そんなことがあったから2年目は山瀬、エメルソンが高額で買い取られることがありながらも、他の選手ががんばって天皇杯を勝ち取り、3年目は大切なポイントを補強した選手たちがチームになじんでくれて、リーグ優勝を勝ち取ることができたわけです。選手たちはこの3年間、1つの目標を達成するために辛いことも味わいながら仕事をやってきたことはみなさんもご存知だと思います」
「そんなにいっぱい私はしゃべったつもりはないのですが…(場内・笑)」
――3年間監督をしてきて、指導者として一番大切なことは?
「多くあると思いますが、まずはサッカーの知識があること。それとプロの世界で知識があることが大切ですね。そして、指導者講習会でフィットネスとかの知識は学べると思いますが、いい結果を残すために大切なことは『人間との触れあい』ですね。選手たちと接するときにどのように話したら、みんな一緒になって心を通い合わせることができるのか、これだと思います。それ以外のことは詳細になりますが、選手たちのモチベーションを上げるか、選手たちの心をいかに理解するかが大事です」
――将来、クリンスマン(前ドイツ代表監督)と仕事をする気はあるのか?それとドイツ代表にかかわる気は?
「確かに、クリンスマンとは子供のときからの親友でお互い理解し合っていますが、今のところ一緒に仕事をする予定はありません。あと、私はまだ監督を初めてから3年目の新米監督です。将来のことを言われても今と3年後、5年後とは違います。現時点ではドイツ代表監督が私の目標ということや、予定の中にあるということは一切ありません。確かにレッズはいいチームになりましたが、レッズと代表の間には多くのクラブチームがあります。まず私はこの3年間を分析し、それが終わってから他のクラブチームに就くことも考えたいです」
――その充電期間はどれくらいか?欧州の来季シーズンから指揮を執る気はあるのか?
「分析をする期間がどれくらいかが難しいですね。3年間は長い期間です。集中してやれば2週間くらいでおおまかなものはまとまるかもしれませんが…。欧州からは確かに電話連絡や軽い問い合わせは来ていますが、今のところ私のテーマの中には入っていません。監督を辞めた後もレッズとはいい関係がとれると思いますし、今のところは(欧州での監督就任は)全く考えていません」
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