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2008年01月18日
高校選手権座談会 8/11
■戦術に対応できるだけの個人能力の必要性
江藤 福島のJFAアカデミーでクロード・デュソーさんのところに話を聞きに行った時に、彼は10歳くらいから各ポジションの戦術的な動きは教えてもいいんだという話をしていて、それには賛否両論あるんだけど、要するに戦い方をもっと理解すべきだと。このタイミングでこういう状況が起きた時に選手はこう動けばいい、とうセオリーは知っておいていいという話なんですよ。で、流経の子はそれができていた。この時間帯ではこうすればいい。こういう状況ではこうすればいい、という事は理解できている。で、ぼくはそういう動きをもっと多くのチームができるようになるといいと思ったんですね。戦術理解度を高めると。
下田 戦術理解度というか、どんな戦い方でするにしても、それができるだけの技術が必要だということでしょ。戦術から議論に入るから、論点ボケを起こすと、僕は思っていて。フラット3とか、4-2-3-1とか関係ないんですよ。試合をやってりゃあ、ズレるんだから。サッカーなんて流動的なんだから。だからそれに対応できるだけの
技術が必要だと思うんですね。
江藤 おっしゃる通りです。
デュソーさんが教えようとしている事に対して、それはフランス人が個人主義の民族だから組織を教えなければわからないからだという論点があるんですね。要するに民族性の問題で、日本人は何も教えずに勝手に組織でやるんだから個を教えろという人もいる。その配分がどうあるべきなのか、というのはオレは全然ノウハウを持っていないからわからないんですが、ただ、今日の流経の戦い方を見た時に、アレを藤枝東ができたのかというと、そうではないと。めちゃくちゃ強い相手に対して、どうすればいいのかというのが彼らにはなくて…。
寺下 なかったというかさせてもらえなかった。
江藤 そこは先程来言われている個人能力に差があった、というところにつながっていくのかもしれないけど…。
寺下 高校サッカーの観点で見ればいろいろなものがあってもいいし、藤枝東がいてもいいし、野洲がいてもいいし、三鷹がいてもいいと。で、国際的な観点で見ればそれを乗り越えて今日の流経柏くらいにねじ伏せるチームが出てこないとダメという。
下田 オレはチームと言うよりは一人一人だな。
江藤 流経と同じようなサッカーをするチームが出てきてほしい、という言い方をオレはしたい。もちろん高校生年代は三鷹みたいに目標設定がそもそも都大会決勝だったというチームが出てきているので、別にいろいろあってもいいんだけど、10校いたら今日の流経のサッカーができるチームって何校あるのかな。48校中でも流経だけだったという感じかな?
寺下 今日の流経を凌駕するチームはそれはないです。
江藤 凌駕しなくてもいいんだけど、ああいうサッカーをするチームという意味で。つまり個性と組織をよく理解できているチーム。
寺下 それは難しいな。
江藤 あのレベルまで行って無くてもいいんだけど、戦術理解度がもう少し高い、この時間帯にはこうやってほしいということを選手たちがオートマチックに理解しているようなチームが10校中5校くらいはいてほしいかなと。要するにそれが積み重ねていく歴史の厚みというのかな。100年の歴史を持つヨーロッパでは日常会話の中でサッカーの話が出てきて、そういうところでサッカーに対する理解が深まると思うんですね。で日本人がどうなのかというと、野球のタッチアップは理解できてそれを利用したプレーのバリエーションを想像できる。大相撲に対する認識もたぶん深くて朝青龍に対しても何らかの意見を持つ人は多いと思う。
サッカーも、野球とか相撲の理解度のレベルにまで到達することで、結果として流経のサッカーをやるチームが10校中5校くらいはああいう状況に応じたサッカーができるようになるんじゃないかと思うんですよね。それが日本サッカーの成長のバロメーターとも言えるのかなと思ってて、そういう意味で今日の流経を見ていて、すごいと思ったんですよね。これを他のチームにやってほしいと思ったんですね。
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○関連リンク
高校選手権座談会・前書き(というか、目次)
http://www.football-teishoku.jp/2008/01/post_177.html
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