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2008年01月29日
小林宏之、大分入り~ピンチをチャンスに変えた男~
彼と会ったのは昨年の夏ごろだったと思う。
彼は所属していた北信越1部リーグフェルヴォローザ白山・石川FCが経営難となり、契約を解除され、Jクラブのテストを受けに回っていた。
その数チーム目の練習場で偶然出会い、じっくり話をした。
クラブがなぜ経営難になったのか、そして、それから何をしてきたのか、さらには現在小林自身がどんな状況なのかなどなど。
当然のように彼は焦燥感にかられていた。
「何をしたらいいのか」。
藁をもつかむ思いで僕に意見を求めることもあった。
僕はちょっとでも参考になればと思い、知り合いのある選手のことを話した。
その選手はJ2のチームを戦力外となり、行き場をなくし、地域リーグ2部でプレーをしていた。
しかし、シーズンがはじまってから、あるJ1の強化から連絡があり、練習参加をすることとなった。
残念ながら、そのチームに加わることはできなかったが、それが一つの契機となった。
その後、あるJ2の強化が、そのJ1の強化に「誰かいい選手はいないか?」と連絡をしてきたという。そして、そのJ1の強化はJ2の強化にその選手を紹介することとなったのだ。
J2チームの練習に参加した際、監督からも気に入られ、見事J復帰を果たしたのであった。
誰がどこで見ているか分からない。だから、どんな状況でも諦めるな。必ずチャンスはある、みたいな説教じみた話をしてしまったのだが、それでも「いい話を聞きました!」と小林は目を輝かせてくれたのだ。
そんな純粋さが彼を支えたのだろう。
その後、小林はJFLのTDKに加入。すぐにレギュラーとして活躍したという。
そして、そこでの活躍が認められ、晴れてJ1大分に移籍することとなった。
地域リーグのチームから契約解除された男がJ1に。小林はピンチをチャンスに変えたのであった。
自分の話が参考になったかは分からない。
昨年、大分に練習参加した時にシャムスカ監督に気に入られたとも話していた。
今回の移籍は間違いなく彼の実力であり、努力の結晶である。
小林は自らの手で這い上がったのだ。
ただ、あらためてプロサッカー選手の大半は細い綱の上を渡り歩いているんだなと思わされてしまった。
自ら這い上がることもできるが、落ちるのはあっという間。
そんな不安と選手たちは毎日戦っている。
そして、その不安との戦いに勝ち抜いた選手がピッチに立つことができるのである。
そうした選手たちが死ぬ気でプレーをするからこそ、観る者に感動を与えるのだろう。
どん底を知ったからこそ、小林は強くなったと思う。
危機感とサッカーできる喜びを胸に、彼はピッチを躍動するはずだ。
そして、あらためて強く思ったのは二度とフェルヴォローザみたいなことは起こしてはいけないということだが、それについてはまた別の機会に書きたい。
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- by 佐藤拓也
- at 2008年01月29日 09:54
- in コラム
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