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2008年12月31日
【野洲通信】挑戦
「野洲は野洲にしかできひんサッカーをしたいよね。インパクトを与えられなかったら野洲じゃない。やっている選手たちも、見ている人も楽しく、感動を与えられるような野洲サッカーを見てもらいたい」
山本佳司監督の思いは変わらずに、また挑戦の冬が幕を開けた。
【野洲通信】では、野洲高校サッカー部にご協力いただき、チームの1年を伝えていきたいと思います。
監督とスタッフ、そして選手たちが見せる表情を追いながら、彼らの目線で、新たな高校サッカーの魅力、面白さに迫っていきます。
第16回目は第87回全国高校サッカー選手権大会に臨む山本監督の談話をお伝えします。
「目標は、内容も結果も“84回大会を超える”ことやね」
当時、中学3年生だった選手たちが高校3年生になって迎える5度目の選手権は、優勝候補の一角として注目をあびる存在になっていた。
「注目されているなと感じるよ」
本大会出場を決めてからメディアへの露出も増え、多くの誌面や新聞に選手たちの名が連ねられた。周囲が騒がしくなっても、山本監督の思いは揺るがない。
「世界のサッカーが進化しているように、野洲も進化していかないと。あの84回大会で止まっているわけじゃないから。“サッカー”という競技やから飛躍的に進歩できるわけじゃないけど『野洲を見に来てよかったね』と言ってもらえたり、野洲のサッカーに将来性を感じて、共感をしてもらえるようなインパクトは残していきたい。そのキーはやっぱり“野洲らしさ”やねんな」
野洲は野洲らしく。
それは、ずっと言い続けたことだった。
監督としてのこだわりは、チームの魅力。
全く違う顔を持つ個性が集まったときに光を放つからこそ“野洲”は、一層に輝いていける。
「選手権は育成年代の締めくくりの大会。あと最大で6試合、このチームで戦えるチャンスがある。少しでも長く戦いたいし、多くのファンの人とも時間を共有していたいという気持ちがある。サッカーの内容、個人の魅力、インパクトも84回大会を超えるという目標の中で、その思いを強く持ってこの大会に臨みたい」
2005年12月31日。
野洲の初戦は等々力競技場だった。会場をどよめかせたあの日から3年。
全国を制した第一歩目と同じ競技場で、野洲の挑戦が始まろうとしている。
【野洲通信】は野洲高校サッカー部公認・協力の下、取材、記事作成をしています。
こぼれ話と選手の素顔や試合の写真はこちらに掲載中です↓
http://ao1230.cocolog-nifty.com/blog/
- by 青柳舞子
- at 2008年12月31日 00:46
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